お片付けについて

先日、雪が降りましたね。
11月に降るのは、54年ぶりだとか。
子供のときに降ってたイメージもありましたけど錯覚でしたか。
子供の時の記憶なんて曖昧なものですよね。
家が散らかりまくってたのも、ごはんが美味しくなかったのも、錯覚だったんでしょうか。
いやそれはない。
うちのおふくろはちゃんと片付けの出来ない人で、ちゃんと料理の下手な人でした。
だから、その影響でぼく自身が片付けのできる人間になり、なんでも食べられる大人になったのです。
ありがとう、おふくろ。

ちなみに、うちの家も現在ほぼゴミ屋敷となり、時代は巡るのだな~と感慨深いです。
なんで女性は片付けができないのでしょうか。
いや、これでは全女性を敵に回してしまうので、正確に言うとですね。
ぼくの周りの女性は整理整頓が全然できないことに関して、まったくもって悪気がないのはなぜなんでしょう、ということになります。
その辺に使ったちり紙が落ちていても気にしない。
物がハチャメチャに散らかっていても気にしない。
自分が普段つかう部屋が汚れていても気にしない。
恐ろしくないですか。
人としての尊厳を忘れているように思えます。
そして、そんなゴミ屋敷をぼくが片付けても次から次へと散らかされるのです。
もはや散らかすことに使命感を燃やすかのように。
散らかすことが正義であるかのように、大手を振って散らかすのです。
散らかすイズマイフェバリットアクション。
こちらが片付ける倍以上の手間で散らかしてきます。
イザナミとイザナギみたいですね。
恐ろしくないですか。

そんな家庭で育った子どもたちはどのような大人になるのでしょうか。
ぼくみたいに反面教師として整理整頓が得意になるのでしょうか。
それともそのまま散らかすことが当たり前のだらしない大人になってしまうのでしょうか。
今のままでいけば、散らかしまくり大人になりそうです。
なぜなら、既に部屋も机も散らかりまくりだからです。
未来が見えるようです。
親の顔が見てみたいです。

ちなみに、ぼくは子供の頃から整理整頓のできるお子様でした。
机周りはもちろん、自分の活動する範囲はなるべくキレイにしておかないと気がすまいないたちでした。
なんて素敵なお子様だったんでしょうか。
我ながら自画自賛です。
もちろん子供の頃の記憶なんで、かなり曖昧ですけどね。